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カジヤ

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松江城のお殿様 雲州へ

つづき。


天下分け目の関ヶ原の後、

家康から褒美を受けた堀尾忠氏は

24万石、出雲国を治めることになりました。


父、堀尾吉晴と共に 月山富田城(がっさんとだじょう)に入ります。

富田城は毛利氏と尼子氏が幾度となく戦った城です。

つまり、戦闘用の城で国を治めようとするには、とても都合の悪い城でした。


忠氏はもっと交通の便がよく

人々が暮らしやすい場所に城を造ろうと考えました。


とはいえ、慣れない土地にいきなり大きな城など作れません。


忠氏は国中をくまなく調べ

新しい城にふさわしい土地を探すことにしました。


そして、候補地が浮かびます。

海上輸送の便などにより、宍道湖周辺を適地としました。

吉晴は洗合山に築城を求めましたが、

忠氏は防衛面や維持費などを理由に、亀田山を主張しました。


亀田山は洗合山より低い山だったので

吉晴は城がみすぼらしくなりそうで、答えをしぶっていました。



忠氏は城地選定の調査だけではなく

自分の国には、どこに何があるのかを把握するための調査も行っていました。


ある日、忠氏はその土地調査で思わぬ不遇に見舞われることになります。





つづく。







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