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松江城のお殿様 茂助くんのせがれ

つづき。



関ヶ原よりほんの少し時をさかのぼります。


池鯉鮒(ちりゅう)で、すったもんだの大騒ぎが起きている頃でしょうか。

会津の上杉討伐に向かった家康は

道中、石田三成の不穏な動きを知らされ、足を止めました。


そうです。三成と直江兼続のワナに気がついたのです。


家康は緊急会議を開きました。

世に言う「小山評定」です。


家康は

「三成め。ワシを討つべく動き出したようじゃ。

 みなに尋ねたい。

 このまま会津へ向かうべきか、大坂へ舞い戻るべきか。

 この家康につくか、三成につくか。」



従軍していた茂助くんのせがれ 堀尾忠氏 は、

この会議の直前、仲のいい 山内一豊 と相談していました。


「忠氏殿。いかがなされるおつもりか?」

「拙者は家康公にお共いたす。

 お見方いたすからには、城を差し上げるつもりじゃ。」

忠氏は自分の城を丸ごと家康に提供しようと考えていました。




会議の中で真っ先に家康側についたのは

「石田三成を討つべし。」

と進言した 福島正則 でした。


忠氏は発言のタイミングを見計らっていました。

その時、となりにいた山内一豊が突然

「お見方つかまつります。拙者の城を家康様に差し上げましょう。」

と、忠氏のアイデアを自分の提案として そのまま発表してしまいました。



一豊に出し抜かれ、あっけにとられていた忠氏でしたが、

会議が終わると

「生真面目なお主らしからぬ振る舞いじゃったのう、一豊殿。」

「忠氏殿。それ以上申してくれるな。」

2人は笑いながら歩いて行きました。



そして、関ヶ原の合戦を終え

これまでの褒美として

忠氏は出雲国を治めることになり

一豊は土佐国を治めることになりました。




つづく。








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