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松江城のお殿様 宗衍と推恵神社

つづき。


六代藩主、 松平宗衍 (まつだいらむねのぶ)は藩主となった2年後に

推恵神社(すいけいじんじゃ)という神社を松江に建てました。


これを意味するところは、そこから約60年前にさかのぼります。


宗衍の高祖父(ひいひいおじいさん)、二代  松平綱隆 の頃の出来事です。



綱隆が一目惚れした家老の娘、花子をめぐってある事件が起こりました。


花子はすでに日御碕神社(ひのみさきじんじゃ)の神主、小野尊俊に嫁いでたのですが、

綱隆は我が元へ来るようにと迫ります。


当然、花子と尊俊は拒みます。

これに逆恨みした綱隆は、尊俊を島流しにしてしまいました。


無実の罪で流刑にされた尊俊は、恨みと怒りりを抱きながら死んでしまいます。

それから間もなく綱隆は病死します。

天変地異も頻繁に起こり、松江藩は不幸のどん底に転がり落ちて行きました。


   松江城のお殿様 松平綱隆 参照


歴代の藩主がいくらがんばっても立て直せない松江藩は

呪われているに違いない、藩主となった宗衍そう考え、

呪いの原因、小野尊俊の霊を鎮めるため、

流刑地である隠岐の島と松江に推恵神社を建立しました。


推恵神社は特別な神社で、境内は厳しく管理されていました。

ですが、縁日には庶民に解放され、盛大なお祭りがお祭りが開かれました。


芝居小屋が作られ上方から役者が来たとも言われています。

境内での講演は推恵神社だけが許されていました。



すべては、小野尊俊の魂を慰めるためのものでした。




つづく。






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