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Author:カジヤ
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月山富田城のお殿様 江州と雲州の尼子氏

つづき。


近江国に領地を構えた

尼子高久 (あまごたかひさ)が

29歳で急死すると、当主は長男の

尼子詮久 (あまごあきひさ)が継ぎました。


高久は尼子城を築きましたが、

孫の氏宗のころに落城したと考えられています。


尼子氏は京極一門の重要な立場にあったようですが、

目立った活躍はなく、やがては一族は各地へと散り散りに広がり

歴史から消えていきました。



さて、高久には詮久のほかに

尼子持久 (あまごもちひさ)という次男もいました。


持久に与えられた領地は、出雲国です。

尼子氏の本家、京極高詮 (きょうごくたかのり)の

守護代として雲州・月山富田城に入りました。


持久の出雲入りの理由は

高詮が前の守護、山名氏に脅威を抱いていたことにあります。


山名氏は幕府に謀反を働きますが、失敗に終わります。

これにより出雲国は京極氏の手に渡りました。

しかし、長年支配し続けた山名氏の力を甘く見ることはできません。


そこで同族の尼子氏を置くことで

京極氏の支配力の強化を図ったのです。



持久は不慣れな土地であるにもかかわらず

与えられた守護代の職務を無難にこなしていきました。


勢力を強めた国人との関係強化、あるいは監視。

出雲大社をはじめ領内の有力な寺社の管理なども重要視しています。


この持久を支えたのが佐々木一門である古志氏や

山名氏の討伐に参加した三刀屋氏など地元の国人衆でした。





つづく。







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