月山富田城のお殿様 佐々木義清 前史その4
つづき。
佐々木秀義 (ささきひでよし)は
大庭景親 (おおばかげちか)に招かれました。
景親は、源頼朝 (みなもとのよりとも)に謀反の疑いがあることを相談します。
秀義は、20年前の平治の乱の敗北から、
平家方の 渋谷重国 (しぶやしげくに)の世話になり
息子の 佐々木義清 (ささきよしきよ)は、
同じく平家方の大庭景親の娘を嫁にもらっていました。
そんなこともあり、頼朝への対応を相談されたのですが、
頼朝の父 源義朝 (みなもとのよしとも)への忠義は揺らいでいませんでした。
謀反の疑いがあれば、当然討伐ということにもなります。
相談を受け、驚愕した秀義は
長男の定綱(さだつな)を頼朝の元へ送りました。
頼朝は定綱からの急報を受け挙兵を急ぎます。
秀義の息子、定綱は他の兄弟と共に頼朝に従い戦の準備にかかりました。
一方、その秀義は
平家方の極秘情報をあっさり垂れ流したにもかかわらず、
頼朝に付こうとはしませんでした。
長年に渡る 渋谷重国や大庭景親の大恩を無下にすることはできず、
かつての君主の子息に刃を向けることにはなりますが、
義によって平家方に味方することを決断したのです。
そして、その父秀義に従ったのが
定綱の四弟、佐々木義清でした。
平氏追討の命令を受けた源氏、
謀反の源氏討伐に動く平氏。
間もなく壮絶な戦いの日が幕を開けます。
つづく。
佐々木秀義 (ささきひでよし)は
大庭景親 (おおばかげちか)に招かれました。
景親は、源頼朝 (みなもとのよりとも)に謀反の疑いがあることを相談します。
秀義は、20年前の平治の乱の敗北から、
平家方の 渋谷重国 (しぶやしげくに)の世話になり
息子の 佐々木義清 (ささきよしきよ)は、
同じく平家方の大庭景親の娘を嫁にもらっていました。
そんなこともあり、頼朝への対応を相談されたのですが、
頼朝の父 源義朝 (みなもとのよしとも)への忠義は揺らいでいませんでした。
謀反の疑いがあれば、当然討伐ということにもなります。
相談を受け、驚愕した秀義は
長男の定綱(さだつな)を頼朝の元へ送りました。
頼朝は定綱からの急報を受け挙兵を急ぎます。
秀義の息子、定綱は他の兄弟と共に頼朝に従い戦の準備にかかりました。
一方、その秀義は
平家方の極秘情報をあっさり垂れ流したにもかかわらず、
頼朝に付こうとはしませんでした。
長年に渡る 渋谷重国や大庭景親の大恩を無下にすることはできず、
かつての君主の子息に刃を向けることにはなりますが、
義によって平家方に味方することを決断したのです。
そして、その父秀義に従ったのが
定綱の四弟、佐々木義清でした。
平氏追討の命令を受けた源氏、
謀反の源氏討伐に動く平氏。
間もなく壮絶な戦いの日が幕を開けます。
つづく。
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